[書籍004]「引き寄せの法則」と「いまここ」の関係とは?

☆「引き寄せの法則」と「いまここ(今ここ)」の関係とは?

こんにちは!心理カウンセラーで気功療術師で

「NLAメソッド」のトモヒトです!

さて今回は、僕のブログでも検索から「引き寄せの法則 今ここ」

というキーワードで検索されていたり、

 

メルマガの読者さんなどからも、

「引き寄せの法則といまここの関係って?」ということで

ご質問をいただいたりするので、今回は、その関係性について

解説してみたいと思います。

 

☆「引き寄せの法則」とは?

 

さて、このブログの読者さんや、検索から

「引き寄せの法則 今ここ」と検索して訪問された方なら、

元々「引き寄せの法則」を知っている場合が多いと思いますが、

あまり、「引き寄せの法則」を知らない方や、

 

「引き寄せの法則」を知っているけど、今まで実践して

あまりうまくいかなかった、詳しいコツが知りたい

と言う方のために、ここでも引き寄せの法則について

簡単に解説しておきたいと思います。

 

 

「引き寄せの法則」とは、その名前の通り、

この世界(私たち)には、

私たちが普段考えていること、強く思っていることで、

望みの物や状態を引き寄せる、願望や夢が実現する

というようなパワーがあって、そのパワーを使えば、

思い通りの人生を実現していける・・・という法則なんですが、

 

日本では、2007年に出版された

「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話 」が大ヒットしたことから、

 

引き寄せブームがおこり、今でも多くの方が実践したり、

うまく活用できているという方が、

「コーチ」として教えたり、書籍を出版したりと、

一つのジャンルの「文化」のようにもなって定着しています。

 

◎うまういく人、うまくいかない人も

 

一般的には、

「強く願ったり、思い描き続けていることが引き寄せられて実現する」

 

という感じで広まっていますが、

多くの人が「上手くいかない」と感じていて、

なにか確実な方法は無いかということで、

色々な手法なども生まれていますが、

 

僕個人的な経験と、そこから考察した見解だと、

 

「表面的に何度思っていても叶わない」

「心の底から信じられていることが、そのまま現実になる」

 

というのが、本来のこの世界(というか人間の意識)の構造です。

 

「引き寄せの法則」を利用しようとする、ほとんどの人は、

 

多くの場合、「何かが不足している」から引き寄せたい

と思っていて、

 

つまり、心の奥底の「信念」としては、

「不足」を信じている状態で、

 

そのまま、信念通りの、「不足した現実」が

実現し続けるということになってしまいがちです。

 

また、「引き寄せの法則を使ってみよう!」

という時点で、すでに「何かが足りない」と

どこかで信じているから、引き寄せることで、

不足を補おうということなので、やはり、うまくいきません。

 

「引き寄せの法則の真実」については、

コチラ↓↓にかなり詳しく解説しています。

 

 

引き寄せの法則が上手くいかないあなたへ 引き寄せの法則の真実

 

 

ポイント1 引き寄せの法則とは?

 

「引き寄せの法則」とは、この世界に働いていると言われるパワーで、私たちが強く願ったり、思い描いたものが引き寄せられて、実現するという現象を言い表した「法則」です。本来は、引き寄せるというよりも、「信じていることが現実として見える」ということなんですが・・・。

 

ということで、「引き寄せの法則」について詳しくは、そちらを読んでもらうとして、

 

「いまここ(今ここ)」について。

 

☆「いまここ(今ここ)」ってなに?

 

次に「いまここ(今ここ)」についてですが、

こちらは初めて聞くかたも多いかもしれませんし、

検索からアクセスされた方も、あまり意味がわからないということで、

検索されているかもしれないので、詳しく解説しておきます。

 

そもそも「いまここ」という言葉が良く使われているのは、

「悟り」系の本などで使われ始めた言葉で、

最近は引き寄せの法則系の本でも使われるようになってきました。

 

「悟りを開いた」と言われている人が、書籍などで、

 

「いまここ」「ここ今」というような言葉で、

「本来の生き方」を言い表しています。

 

この「いまここ」を短い言葉で言い表すのは難しいのですが、

「時間という概念から抜けた状態」というか、「目の前の体験」ということです。

 

◎「目の前の体験」?

 

「悟りを開く」と、この「いまここ」を体感するということなので、

悟りを開いていない人からすると、

体感として理解することは難しいようですが、

 

私たちは、普段「時間の中で生活している」という感覚で生きていますが、

「時間」というものは本当は実在しません。

 

頭の中では、「過去」を思い出したり、「未来」を思い描いたりできますが、

 

私たちが存在できるのは常に「いま」しかありません。

 

しかし、普段の生活の中で、私たちはほとんどの時間を

「思考(頭の中)」で過ごしていると言ってもいいくらい、

常に頭の中で何かを考えています。

 

何かを見ても「これは以前見たことのある花だ」とか、

 

誰かが話している最中にも、「この人何言ってんだか」と言うように、

 

目の前の体験をそのまま見ることが無く、

頭のなかで体験を「判断・評価」していることがほとんどです。

 

「悟りを開く」と、そういう物事を過去と比べて「判断」したり、

色々と考えたりという、「雑念」に惑わされることが少なくなり、

(最終的には全くなくなり)

 

目の前の物事にシンプルに向き合えるようになる。

と言われています。

 

「いまここ」とは、自分の「思考」に埋もれることなく、

純粋に「目の前の体験」を感じるということです。

 

ポイント2 「いまここ」とは?

「いまここ」とは、時間的な事ではなくて、私たちは普段「思考」のなかで生活しているために、「過去」や「未来」のことばかりを考え続け、今目の前の体験をそのまま「見る」のではなくて、常に「比較」「判断」してみている。その「思考」を絡めずに、純粋に体験を味わうことが「いまここ」です。

 

◎「悟りを開く」と「いまここ」に居られる

 

古来ブッダの時代から、仏教として「悟り」が語り継がれていて、

現代では「悟りを開く」人がどんどん増えているとも言われています。

 

そして、最近の研究などでも、

50名の「悟りを開いた」とされる方たちに、インタビューをしたところ、

 

特徴として、

 

1、「自分」という小さな存在ではなく、「世界」と一体化したような「拡大(一体感)」を感じる

2、思考がどんどん減っていく

3、感情に振り回されなくなる

4、否定的な部分が減る

 

などの共通点があるようです。

 

そして、「思考」や「感情の起伏」が穏やかになっていくことによって、

「雑念」に悩まされることなく、

「問題解決能力」もアップするということです。

 

さらに「悟りを開いた」方が共通する感覚として、

「時間」を意識することが減って、

「目の前のこと」に常に集中するようになった。ということです。

 

◎それってどういうこと?

 

「いまここ」に生きられるようになると、

「思考」や「感情」などの雑念が減り、

目の前のことだけに集中できるということで、

 

「いま自分が何をするべきか」ということがシンプルにわかるようになります。

 

「いまここ」にいきられないと、

「将来の心配」「過去のトラウマ」などなどが「雑念」として入り込むために、

 

「これをやったらどうなるだろう」

「これをやったから前は失敗したなあ」ということで、

 

どうしても行動に対して、消極的・否定的になり、

「直観」も疑ってしまうので、行動自体を止めてしまう、

ということにもつながります。

 

しかし、「いまここ」に生きられるようになると、

 

「自分にできることは、いまこの瞬間の自分の直感・欲求にしたがって行動することだけ」

 

という感覚であり、その行動がどんな結果を生もうとも、

そのことに一喜一憂せずに、ただ

「自分のやりたいこと」に従っていける・・・ということです。

 

◎じゃあ、すぐに「悟りを開きたい!」?

 

ここまでを読むと、「じゃあ、すぐに悟りを開きたい!」

と感じる方も居ると思いますが、実はそれには「落とし穴」もあります。

 

「悟りを開く」という言葉を聞いたり、

実際に「悟り」を目指しているお坊さんなどを見ると、

 

「修行や、努力で達成できるもの」

 

というイメージがあるかもしれませんが、

 

実は、修行などによって、直接的に悟りを開いている

わけではなくて、

 

厳しい修行などで、心身を酷使することで、

その合間のふとした瞬間に訪れる、「静寂」

 

それが本来の自分だと気づくことで、

「悟りが開かれ」ます。

 

なので、自分の意志、「自我」によって達成

できるものでは無いので、強く求めることで、

逆に悟りに気づくことが難しくなる恐れがあります。

 

ここで、手短に説明して理解しやすいことでは

無いと思いますし、

 

今回は、あくまで「引き寄せの法則といまここ」に

ついてなので、詳しくは解説しませんが、

 

そのあたりは、コチラ↓↓で詳しく解説しているので、こちらを

 

 

悟りを開くとどうなるのか?究極の楽に生きるコツ: できるだけ分かりやすく解説しました

 

ポイント3 「いまここ」に生きるということ

 

「今ここ」に生きるということは、「過去」や「未来」といった「思考」から離れて、今目の前のことに集中して、精一杯生きるということ。「雑念」によって、消極的・否定的になってしまい、行動を止めてしまったりするのではなく、今自分の直感や、欲求にしたがって行動ができるようになり、その結果について悩んだり、心をみだされることも減ってゆく。

 

☆「いまここ」を生きるとは?

 

さて、さらに詳しく「いまここを生きる」ことについて

解説しておきます。

 

「いまここ」ということを実際に「体感」するのは、

やはり「悟りを開」かないと難しいようですが、

悟りを開かなくても、「いまここ」に生きることはできます。

 

というか、全ての人が本当は「いまここ」に生きるしかできないんですが、

 

「時間の概念」や「思考」が邪魔して、それを分からなくさせているということです。

 

◎私たちの「現実」は全て思い込み

 

僕の「NLAメソッド」の根幹部分でもあるんですが、

私たちは、この「現実」を「意識(脳)」で感じています。

 

目や耳などの「五感」や「雰囲気」など、感覚で感じた情報を基に、

「ここはこういう世界」だということを感じています。

 

そして、その「感覚からくる情報」と

「感情」「思考」「信念」などを合わせて「再編集」したものが、

私たちの見ている「現実」です。

 

私たちは、幼少のころから育っていく過程で

「この世界はこういうものである」

「私はこういう人間である」という「信念(思い込み)」を作り上げてきます。

 

そして、その「信念」というプログラミングにしたがって、

「感情」や「思考」を生み出しています。

 

例えば「肉を食べてはいけない」という教えの家庭に生まれれば、

 

「肉を食べるのは罪深い」と思うこともあるし、

目の前で肉を食べている人が居たら「怒り(許せない)」

という感情が湧く場合もあります。

 

つまり、多くの日本人からすると、

ただ「肉を食べる」という場面であるだけのことが、

 

その人からすると、

「肉を食べるという罪深い行為で許せない現実」

という再編集された「現実」を見ることになります。

 

◎「信念」によって、あるものが「見えなくなる」

 

そして、これもこのブログでよく書くことですが、

 

あなたも日常の中で、

「あれ?あのシャツどこ行ったっけ?」と散々探し回っていて、

 

母親から「その目の前のシャツじゃなくて?」と言われて、

何回も見たはずの机を見たらそこにそのシャツがあって、

 

「あれ?こんな目の前にあったのに見えてなかった?」ということありませんか?

 

これは、「あのシャツはここにはないはず」という

「思い込み(信念)」によって、本当は目の前にある、

あんなに大きなシャツでさえ、「見えなくする」ことができるということです。

 

つまり、私たちは「目の前のこと」を

ありのままに見ているわけではなくて、

常に自分の「信念」をプラスした

「自分バージョン」の現実を見続けているということです。

 

ポイント4 私たちの意識は

 

私たちの意識は「ありのままの現実」を見ているわけではなくて、そこに「信念(思い込み)」から生まれる「感情」や「思考」をプラスした、再編集した「自分バージョン」の現実を見ている

 

◎そのことと、「いまここ」にどんな関係が?

 

そして、先ほども書きましたが、「悟りを開いた」人たちは、

「思考」や「感情」などの「雑念」が減ることによって、

「いまここ」を実感して生きられるようになります。

 

つまり、「いまここ」とは、時間や場所のことではなくて、

 

勝手な「信念(思い込み)」によって、「再編集された現実」ではなくて、

「ありのままの現実」を生きるということが、「いまここ」を生きるということです。

 

そして「ありのまま」に見えるということは、

いま「信念(思い込み)」によって見えなくなっているものも

見えてくるということです。

 

そのあたりが、「いまここ」と「引き寄せの法則」の関係につながっていきます。

 

ポイント5 「今ここ」を生きるとは?

 

「いまここ」を生きるということは、「信念(思い込み)」によって生まれる「思考」や「感情」などの「雑念」をからませない、「ありのまま」の現実を生きるということ。

 

 

☆「引き寄せの法則」と「今ここ(いまここ)」の関係性

 

そして、ここからが皆さんが本当に気になる部分でしょうけど、

「引き寄せの法則」と「いまここ」の関係性です。

 

先ほども解説したように、

「引き寄せの法則」は本来は「引き寄せる」と言うよりも、

「信じていることが現実として見える」ということで、

 

「いまここ」は、「信念(思い込み)」から生まれる

「雑念」をプラスしない「ありのままの現実」であり、

「信念」によって見えなくなっていたものも見えるようになる。

(逆に「信念」によって、あるように見えていたものが見えなくなる)

ということです。

 

つまり、「いまここ」に生きることによって、

「雑念」によって見えなかったもの、見えていたものが変化して、

「現実」が変わっていく。

 

このことが「引き寄せの法則」の実現につながるということだと思います。

 

「引き寄せの法則」と「今ここ」の関係

 

「いまここ」を生きることによって、「見えている現実」が変わるし、「雑念」に悩まされずに行動できるようになるので、「引き寄せ」が起こるということ。

◎あるものが見えない?あったものが見えなくなる?

ここまで読んできて、「そんなのとても信じられない」

と言う方も居るかもしれませんが、

 

私たちは、みんな「同じ現実(世界)」を共有して

常に同じものを見ているという感覚で生活していますが、

 

例えば、大勢の友人たちと遊んだ時のことを後日話していて、

 

A「あの日、C君いたじゃん?」

B「え?いなかったよ?」

A「え?居たよ。一軒目のお店で。見た気がするけど・・・」

 

ちょっと極端な例ですが、でも日常的に、

過去の話をしていて、友人や家族と全く見解が違うことって

ありますよね?

 

これはただ単に「記憶違い」とも言えるんですが、

2つの場合が考えられて、

 

1つ目は、

実際にその日に、「C君」の姿を見ていた。

 

これは、A君からすると、そのメンバーで遊ぶということは

「当然C君も来るはず」という「信念」を持っているために、

来ていなかったのに、姿が見えた気がした。

 

2つ目は、

実際にその日に「C君」の姿を見たような気はしてなかったけど、

 

時間の経過の中で、「あのメンバーならC君は居たはず」

「今まで、いつもC君は居た」という「信念」から、

記憶が、C君が居た記憶にすり替わった。

 

ということが考えられます。

 

そして、今目の前のことを見ていたとしても、

 

私たちは、それを必ず「意識(脳)」で認識するので、

必ずタイムラグがあり、

 

「今目の前の風景」として見ていても、常に少し前の

記憶を見ていると言ってもいいんです。

 

しかし、私たちは、自分の記憶がいかに曖昧かということを

知っていますよね?

 

それが一瞬前の出来事だとしても、100%信じられるでしょうか?

 

有名な実験で、被験者たちに、全く何の感覚刺激も

内容な部屋で過ごしてもらったら、15分ほどで

ほとんどの人が、幻覚や幻聴を見始めるという結果も出ています。

 

私たちの、見ている「現実」が実は「幻覚」だったとしても、

それを証明できるでしょうか?

 

私たちは、自分が持っている「信念」によって、

 

「自分が見たいように、現実を見ている」と言えます。

 

ポイント6 見たいように見ている

私たちは、常に目の前の「現実(真実)」をそのまま見ていると思いこんでいるが、実はそれぞれが持っている「信念」によって、「見たいものを現実として見ている」と言っても良い。

 

 

◎「いまここ」を生きるには?

 

ここまでで、私たちは

「思考」や「信念」などによって、

 

「この世界はこんな世界である」というような強い思い込みで、

 

「真実」を見ているわけではなく、

 

「真実」に、自分の見解をプラスした「見たい世界」を

「現実」として見ていると言えます。

 

しかし、「いまここ」に生きることができれば、

そう言った「雑念」によってゆがめられない、

本当の世界を生きることができると言ってもいいです。

 

やはり「悟りを開」かないと、「雑念」に邪魔されて、

なかなか「いまここ」を生きることは難しそうに思えると思いますが、

 

それでも、「今ここ」を生きる方法はあります。

 

つまり、

「今までやってこなかったことをやってみる」

「直観にしたがって、行動に移してみる」ということです。

 

今までは、どうしても「将来」や「過去」のことを考えて、

判断して行動を制限してきたと思いますが、

 

「「悟りを開く」をわかりやすく解説!」の書籍を読んでもらえればわかりますが、

 

別に悟りを開いたからと言って、特別な能力や、

スーパーパワーに目覚めるわけではありません。

 

つまり、雑念に悩まされなかったり、

ありのままの現実を見れるようになるだけで、

一気に能力が変わるわけではないんです。

 

とすれば、悟りを開いていなくても、条件は変わりません。

 

「いま自分がしたいことをする」「直観に従って生きる」

これをしていけば、「いまここ」を生きることになります。

 

そして、その自分がした行動についてあれこれ考えたり、

結果についてあれこれ考えたりしないということです。

 

「それは、そのように起こった」ととらえればいいだけです。

 

「目の前のこと」をシッカリ味わって、

誠心誠意取り組んで、楽しもう!ということです。

 

◎できるだけ「思考」から離れる

ここから書くことは、また信じられないことかもしれませんが、

 

先ほどから書いているように、私たちは普段

 

「真実」に、自分の「信念」「思考」などの色付けを

したものを見ている。

 

「こうであってほしい」「こうであるはず」

「こうであるべき」

 

という思いがあると、自分の都合のいい「現実」

を見てしまいます。

 

時々、「あの人いつも自分の都合のいいようにしか

物事をとらえないよね」

 

と感じることがりますが、あれは実は、

みんな程度は多かれ少なかれ、「自分なりの見方」しか

出来ないんです。

 

それが世間一般の常識に近ければ、目立たないけど、

世間一般とかけ離れていると目立つ。という違いしかありません。

 

つまり、ある意味「幻想」を見ていると言えます。

 

これは、昔のインド哲学などでも書かれていることですが、

最近の科学でも、それは徐々に解明されています。

 

だから、その「幻想」のことについてあれこれ考えても、

正しい答えなんて出てきません。

 

だから、悟りを開こうとする人や、すでに目覚めた「覚者」

なども、日ごろから瞑想を実践します。

 

できるだけ、その意味の無い「思考」から離れるということです。

 

◎「思考」は自分で考えているわけでもない。

さらに、僕の書籍をすでに読んでくれいている方なら、

何度か見たかもしれませんが、

 

信じられないかもしれませんが、私たちは、

「自分で考えている」と思いこんでいる、

 

「思考」も実は自分で考えているわけではありません。

 

これもよく書くんですが、

 

これから3分間思考を止めてみてください。

頭の中のおしゃべりをやめてください。

 

これができる人がいるでしょうか?

 

もしかしたら悟りを開いた方なら出来る人も

居るかもしれませんが、

 

それでも、思考は湧いてくると言いますし、

 

挑戦してみるとよくわかると思いますが、

止めようと思っても、「思考」が勝手に湧いてきて、

止められないですよね?

 

もし「思考」が自分の意志で考えているなら、

何分でも止めておけるはずです。

 

しかし、実際にはそれは不可能ですよね?

 

つまり、「思考」は自分で考えているわけではなく、

常に、どこかから湧いてきている。

 

その勝手に湧いてきている「思考」を重要視して、

それに意味を与えて、「現実」に結びつけて見ているので、

 

本来とは全くちがった「幻想」を見ながら、

そこで起こった「問題」を、解決しようとしている、

また、「引き寄せよう」としているので、なかなか

効果が上がらないのです。

 

◎それならどうすればいいのか?

そこで、少し繰り返しになってしまいますが、

 

できるだけあれこれ考えずに、

「ふとひらめいたこと」を行動に移してみるということです。

 

「考えたこと」ではなくて、「ひらめいたこと」です。

いわゆる「直観に従う」ということです。

 

先ほども言いましたが、私たちは普段頭の中に

勝手に湧いてくる「思考」でいつもうるさい状態です。

 

なので、その静かな「声」に気づきにくくなっていますが、

 

ふわっとどこかに感覚で、

 

「~~がしてみたい」とか

「◎◎に行ってみたい」とか、

 

ふと湧いてくる感覚、少しワクワクするような感じを

見逃さないようにしてみてください。

 

それが、実は「社会の常識」などに色付けされたあなた

ではなくて、本来のあなたの意識の声です。

 

明確に「こういうものが、直感です」とは

断言しにくいのですが、

 

そこに損得勘定や、生活のために・・・

というような、「必要」な考えではなくて、

 

「いまやってみたいこと」という感じの声です。

 

それがとても、今の自分の「現実」の状況に

そぐわないようなものであっても、

 

できるだけその感覚を信じてあげて、

できる範囲で行動に移してみてください。

 

先ほども言ったように、今あなたに見えている「現実」は

本物ではない可能性が高いんです。

 

だから、それを基準に行動を考えても、

多くの場合は、問題を解決したり、向上させることには

つながりません。

 

「幻想」にまともに取り組んでも仕方ないですよね?

 

そのために、できるだけ、

 

「考えずに、ふとひらめいたことをやる」

これにつきます。

 

もちろん、いま取り組んでいることをいきなり

やめてくださいとは言いません。

 

もしあなたが今の状況、人生を変えたければ、

 

少しずつでも、「心の声」に従ってみてください。

 

 

ポイント7 「いまここ」を生きるには?

 

悟りを開こうが開くまいが、能力が一気に変化するわけではない。「今ここ」を生きるためにできることは、自分の欲求にしたがって「いましたいことをする」「直観にしたがって生きる」ということです。そして、そのことについて一喜一憂しない。目の前のことを楽しんで生きよう!ということです。

 

☆トモヒト流「いまここ」を生きる

 

最後に、僕が色々学んだり、自分の人生で感じた

「いまここ」を生きるということを書いておきたいと思います。

 

僕も40代になって、家族もできて、

2年前には、2匹の愛犬を相次いで亡くしたり、

今年も親族などが亡くなりました。

 

そして、そのたびに感じます。

 

「この肉体で生きる人生は永遠じゃない」ということ。

 

たしかに、スピリチュアルや悟りの世界から言うと、

「この命は永遠」であり、肉体を離れてもずっと不滅・・・

という感覚は分かりますし、何の反論もありません。

 

でもやっぱり、人間として生きている今、

肉体を持った、大切な存在が目の前から居なくなるという

「別れ」は悲しいし、寂しいものです。

 

また、子供たちを見ていると、普段は

 

「もっとちゃんと勉強しないと」とか

「ちゃんと片づけてくれよ」とか、

 

行動がちゃんとできているか?ということを

(勝手な親のエゴを)基準に、

 

「ちゃんとできていない存在」みたいに

見てしまいがちになる時があって、

 

イライラしたり、腹が立ったりするときがありますが、

 

小学生、中学生、高校生・・・

 

その時期の子どもたちは、「いま」しかありません。

 

何年かしてから、

 

「ああ、5歳の時の長男に会いたい」と思っても、無理です。

 

5歳なら、5歳の今、感じるしかないんです。

5歳のその子は、その時しか存在しません。

 

いつの間にか大きくなっていきます。

 

もちろん、子供だけじゃありません。

 

家族、友達、恋人、夫婦、知り合い・・・

全ての人の「今」は、「いま」しかありません。

 

誰だって、何歳だって、かならず80歳くらいまで

生きるという保証もありません。

 

「別れ」を体験するたびに強く感じます。

 

「この目の前の存在たちを本当に一瞬一瞬感じたい」

「できるだけ多くの時間を過ごしたい」

「旅立つ瞬間にやりきった!って感じたい」

 

確かに、「将来の計画」もいいでしょう、

時々過去を振り返って懐かしんでもいいでしょう。

 

でも、私たちの目の前にはいつも「いま」しかありません。

 

そして、すべては過ぎ去っていきます。

 

明日のことばかりを考えて、見逃しているうちに

 

好きな人も、好きな場所も、好きな風景も移り変わっていきます。

 

よく行ったあのお気に入りのお店も、

家族で遊んだ公園も、好きだったあのバンドも

いつかは、もう無くなっていきます。変わっていきます。

 

「いま」味わっておかないと、無くなってから

「もっと味わいたかった」と言っても遅い。

 

とにかく、「いま」を存分に味わいませんか?

 

あなたの大事な存在に、

「ありがとう」「大好き」「愛してます」って言いませんか?

人に限らず、場所でも、物でもいいです。

 

「私のところに来てくれてありがとう」

「生まれてきてくれてありがとう」

「存在してくれていてありがとう」

 

僕は一度、知っている人がみんな亡くなった世界を

生きている夢を見ました。

 

本当に寂しくて、悲しくて、生きる気力を失いました。

 

みんな居てくれるだけでありがたいんです。

 

言わずに、やらずに後悔するのが一番つらいです。

恥ずかしがって言わなかったら、一生後悔するかもしれません。

 

言って、やって、後悔したほうが良いですよ。

言って、やって、喜べばもっと良いですよ!

 

明日のことよりも、とりあえず今日一日をじっくり楽しんでみませんか?

 

そして、そうやって瞬間瞬間をちゃんと味わって、

感謝して生きていれば、自動的に

 

「今日が幸せ」「毎日が幸せ」「人生が幸せ」・・・

 

になっていきます。

 

将来に何かを頑張って、引き寄せて、

 

「いつかしあわせになる」よりも、

 

「いま、しあわせ」になってみませんか?

 

そして、「いましあわせな私」になれたら、

それが「信念」になって、

 

どんどん「しあわせ」が見えるようになって、

毎日の中に、「しあわせ」があふれ始めます。

 

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