[読んだ本005-3]神との対話 ニールドナルドウォルシュ 考察[3]

[読んだ本005-3]神との対話 ニールドナルドウォルシュ 考察[3]

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さて、ちょっと間が開いてしまいましたが、「神との対話」の考察3回目です。

今回も前回「考察2」の続きで、「人間関係」について。

◎まずは自分から

あなた方は決して心から、純粋に誰かを恋することができない。
心から純粋に自分を恋していないからだ。
これからは自分を中心にしなさい。いつでも相手ではなく自分が何者であるか、
何をし何を持っているかを考えなさい。

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これは、僕たち占い師夫婦があらゆる場面で言っていますが、

これも僕たちが色々と学んで、夫婦で会話して、その中で感じた、大きな「気づき」の一つです。

私たちは、多くの場合、「自分の価値を知るため」に人を必要としています。

人から「すごい」とか「好き」とか「素晴らしい」と言われること、人から認められることで初めて、自分の価値を感じるという。

しかしそれでは、自分の価値を認めるためには、いつもみんなから認められる必要があります。

それではキリがありません。

「恋」をするのも、最初は純粋に「なぜか好きになった」かもしれませんが、いつの間にか、

「相手が私を愛してくれているか?」「相手は私を尊重してくれているか?」という「取引」のようになってしまいます。

「相手が愛してくれるから、私も愛しましょう」という感じ。

しかし、もし「自分が自分に本気で恋をしていたら」?

誰かに認められる必要があるでしょうか?相手が愛してくれていようが、愛してくれていまいが、

「私には価値があって、私は私が大好き。そんな私があの人を好きなんだから、それ以外に何の必要があるの?」

という感じ?

私が私に満足しているんだから、誰にも認められる必要がない。

その時初めて、純粋に人に恋することができる。

分かりやすい例えで言うと、夫婦ともに経済的にも精神的にも「自立」していれば、

「離婚したら、経済的に大丈夫だろうか?」とか「ちゃんと働いてよ!」「ちゃんと家事してよ!」

というようなことを気にしなくていい。

だから、「利害関係」もないし、「相手」に執着しないので、逆に「純粋に愛すること」ができる。

「私はあなたが居なくても生きていける」という思いでいる方が、お互いに思いが離れない。

◎人間関係を良くするには?

お互いが、人間関係の目的は義務ではなく機会を作り出すことだと考えれば、
成長し、自分を十分に表現し、人生をできるだけ高い位置に引き上げ、
自分自身に抱く間違った考えや卑小な考えを癒し、最後には2人の魂の合体を通じて、
神と1つになるための機会を作り出すことだと確信すれば、
そしてあなたがこれまでのような誓いではなく、そういうことを誓えば、人間関係はとても良くなる。

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どんな人間関係も、「友人ならこうあるべき」「夫婦ならこうあるべき」「会社員ならこうあるべき」・・・

という勝手な思い込みの「こうあるべき(義務)」ではなく、

みんなが、「自分の目の前に現れる人はすべて、私を知るため、私の本当の望みを知るため、私はどうありたいかを知るため・・・」

だと思っていれば、どんな人が目の前に現れても、それを「手本」にできる。

例えば、あなたが身長180センチで素晴らしいポロポーションの持ち主でも、

世界の全員が同じ体型であれば、そのすばらしさに気づくことはない。

凄く痩せている人、背の低い人、太っている人、色々居るから、「私」を確認できる。

あの野球のWBCでも大活躍した「吉田正尚」選手。

彼は野球選手としては小柄な173センチという身長で、若いころはやはり、

「もっと恵まれた体格だったら・・・」と思ったこともあったそうですが、

そこから、「じゃあ、この体格を最大限に生かす方法は?」と追及して、今やメジャーリーグでも、トップクラスの成績を出し始めている。

「身長が低いから、周りはもっと大きいから、僕には無理だ」とあきらめていれば、今の彼の活躍はなかった。

「あの人は身長が高いからパワーが出やすい、では、僕は回転速度を磨いてみようか?」という感じ。

どんな条件でも、あなたが「こうなりたい」とおもう、理想に近づく上で、

出逢う人、出会う人、が「お手本」になる。「反面教師」も現れる。

そういう目で、全ての人を見れば、全てが「良い教師」になり得る。

「どうしようもない旦那」でも、あなたの「包容力」を発揮し、「良い妻」になるための材料になる。

◎人生に保障を求める?

人生で保証が欲しいと言うなら、あなたは人生を望んでいないことになる。
それでは、書かれた台本通りのリハーサルを望んでいるだけだ。
人生は本質的に保証のないものだ。そうでなければ、人生の目的そのものが損なわれてしまう。

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そう、極端な話、「あなたは、自由に使える100兆円を持っていて、全ての人が常にあなたを愛してくれて、一生何にも困りません!

仕事もしなくて良いし、ご飯を作る必要もない、家事もしなくて良いし・・・」

と「保証」されたら、きっと最初の何ヶ月?1年くらいは楽しいかもしれないけど、

きっと、飽きてくる。

何度も言うように、「ゲーム」を買って、プレイし始めてみたら、最初から

「フル装備、レベル999 攻撃力9999 防御力9999、不老不死、誰にも負けない」

さらに、行先、攻略法をすべて教えてくれる。

なんて設定だったら、「ふざけんなよ!金返せよ!」ってなるように、

私たちは、実は「冒険」「挑戦」からの「達成」を楽しんでいる。

「苦しみからの解放」「忘却からの気づき」「分離からの統合」・・・

そういう「落差」を味わいに来ている。

だから、ハプニングも起こるし、悲しみも湧いてくるし、

だからこそ、楽しみもあるし、喜びも感じられる。

せっかく生まれてきたんだから、みんなで楽しみましょうw

◎ハプニングを歓迎する?

難題や困難を避けようとしてはいけない。難題や困難を歓迎しなさい。心から歓迎しなさい。
神からの偉大な贈り物だと思いなさい。他との関係の中でそして人生でするべきことができる
栄えある機会だと思うことだ。

困難にぶつかった時、パートナーを敵だの対立相手だのと考えないように努力しなさい。
どんな人も、どんなことも敵だと思わないこと、それどころか問題だと思わないことだ。
すべての問題をチャンスだと捉える力を養いなさい。
チャンスと言うのは本当の自分とは何かを決め、本当の自分になることだ。

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そして、人生は必ず「ハプニング(難題・困難)」が起きてくる。

時には、人によっては、耐えがたいような悲劇も起こる。

もし「死」を「悲劇」とするなら、全ての人に必ず「悲劇」は起こる。

失って初めて本当に気づくこともある。

失ってから、また新しく出会ったからこそ、もっと優しくなれたりする。

傷ついた分、誰かの気持ちを理解してあげられる。

今ある「当たり前」が幸せなんだって気づける。

その経験から、「私ができること」を見出していける。

全ての目の前の人も物も時代も、いつか消えていくもの。

だから、どんな困難も、あなたに与えられたプレゼント。

「私」は何者で、どんな風に感じて、どんなことができるのか?

それを知るためのプレゼント。

◎「あの人」以上を見てあげる

地平線を広げなさい。視界の奥行きを広げなさい。自分の中に、
これまで見ていた以上のものを見ることだ。
パートナーにも、今まで以上のものを見ることだ。
人があなたに見せる以上のものを見ても、決して人間関係を傷つけることにはならない。

なぜなら、本当は見える以上のものがあるからだ。ずっと多くのものがある。
人がそれを見せないのは、恐れているからだ。あなたがもっと多くを見ていることに気づけば、
相手は安心して、あなたが既に見ているものを向こうから見せてくれるだろう。

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「私」を「あの人」をもっと大きな目で見てあげて。

「私」も「あの人」も今までのこの社会の中のルールの中で評価されて、制限されて生きてきた。

だから、「ハイスペック」であろうが「冷たい人」であろうが、それはその人のほんの一面だけをみて評価しているだけ。

みんな「敵」じゃなくて、同じ制限の中を一生懸命に生きる仲間。

もしかしたらあの人は、会社勤めではなくて、農業をしたら天才かもしれない。

もしかしたらあなたは、手芸の天才かもしれない。

「社会一般」やあなたの中の「こうあるべき」はすべて、外側から求められてきた「常識」。

「あなた」自身には何一つダメな部分はない。

「バラは素晴らしくて、ツツジはダメ」なんてことはない。

あなたがあなた自身を完全に受け入れて、その偉大さに気づけば、

あなたはあの人の偉大さに気づくようになっていく。

そして、お互いにその偉大さに気づけば、今まですねていた「防御する自分」ではなくて、

本当の偉大さを見せ始める。

あの人は「冷たい」のではなく、それが「自分を守るための鎧」だから。

あなたが攻撃しなければ、あの人は鎧を脱ぎ始める。

◎本当の自分を思い出させるには?

相手に本当の自分を思い出されるせるには2つの方法がある

・1つ目は人に本当の自分を思い出させる(これは非常に難しい、人はあなたを信じようとしないだろうから。)

・2つ目は自分で本当の自分を思い出すか

(こちらの方がずっと優しい。人に信じさせる必要はなく、自分が信じれば良いのだから。)

いつも(あなたが)本当の自分を思い出して見せていれば、いつかは相手も本当の自分を思い出す。
人はあなたの中に自分自身を見るから。

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その人の「習慣」「クセ」「性格」というものを直接的に変えようとするのは不可能に近い。

これも何度も言うように、その人の生き方というのは、

「この生き方をしてきて、今まで何とか無事でいられた」と信じているから。

極端な話、子供のころに、お母さんがなんでもしてくれた家庭なら、

「お母さん(奥さん)がなんでもしているから安全に生きてこれた」と感じるので、

自分が家事をしようとは思えない。という風に。

その「常識」から抜け出すのは本当に難しい。不快感を感じてしまう。

だから、「もっと家事を手伝ってよ!」という風に言っても変えるのは難しい。

でも、あなたがどんどんと「自分」を生きていくとどうなるだろう?

どんどん挑戦していくあなたを見て、もしかしたら離れて行くかもしれない。

もしかしたら、「私、僕も負けていられない」とどんどんと「自分」を生き始めるかもしれない。

たとえ離れて行っても、それこそが、その人の「自分を生きる」ことなのだから、それは仕方ない。

あなたが「自分」を生きなければ、相手も「自分」を生きる姿を見せにくい。

もしかしたら、逆にあの人が「自分」を生きているのに、あなたが「自分」を生きていないから、

「なんであなただけ自由に生きていいんだ!」と腹が立っているだけかもしれない。

だからどちらにしても、あなたが「自分」を生き始めなければ、何も始まらないし、何も解決しない。